ミニマリスト系眼鏡男子の日常

30代男がITをフル活用したキャッシュレスなミニマリストを目指します。

ミニマリストと禅について考えた

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ミニマリストと禅

 
それぞれの言葉にどんなイメージがあります?
 
僕は「これまでミニマリストになりたい」という思いが強く、これまで最小限のモノしか持たないミニマリストを目指してました。
 
そのために断捨離を繰り返してモノを減らしてきたわけです。
 
それは、スッキリした生活を送りたいという目標があったからです。
 
一方「禅」というのは、どうも仏教というか宗教臭い響きがあって、あまり個人的にはそれほど惹かれるものがなかったです。
 
ただスティーブ・ジョブズが禅をに打ち込んでいたというのは有名なエピソードなので知っていました。
 
なので、禅というと興味があるようで、少し距離を置きたいような複雑なイメージだったかもしれません。
 
それになんとなく苦行みたいなイメージもあったので、ストイックな人しかできないと思ってたんですよね。
 
 

修行をしてみて「禅」のイメージが変わった

っていうとなんか宗教を語りだすみたいな気持ち悪さが若干あるのは、自覚してます。
 
友達が新興宗教に入って「全然怪しいのじゃないから、聞いてみるとすぐ理解できたから!」って言われても余計に構えますよね。
 
でもそうゆうのとは違いますからね(笑)
 
さて本題ですが、今回禅寺で修行をしてみて思ったことがあります。
 
禅とミニマリストってかなり近いということ。
 
というか表と裏みたいな関係があるような気がします。
 
 

ミニマリストと禅の共通点は?

 
ミニマリストってモノを減らして、シンプルな部屋を作って、本当にやりたいことに集中する。
時間を生み出すことが目的な人が多いですね。
 
一方禅では座禅をして何も考えないことで、雑念を取り払うこと。日々正しい行いをすること。
 
 
しかし、最近はミニマリストでも「人間関係を楽にしたい」とか、「見栄を捨てれば楽になる」とか。
 
 
ミニマリストしぶさんの本でも、「見栄を捨てて楽になる」とあります。
 
 
よりスッキリ生きるための方法について書いている人もいます。
 
それはモノを捨てたという物欲の境地に達したから、次は見栄という他人との比較の感情を捨てて、心を軽くしたいってことですよね。
 
 
これって禅と近いというか仏教の考えに近いんですよね。
 
というのも禅寺修行中に、仏教についての本を読んでいたら、すごくデジャブがあったんです。
 
これって「ミニマリスト本」を読んでたときの内容と似てるっていう。
 

海外では禅系のミニマリストもいますし、ジョブズ自体が禅の影響を受けまくったミニマリストです。

 

あとミニマリストを突き詰めた人に漂う悟ったような雰囲気。

 

これって禅と近いものを感じます。

 

ミニマリストと禅の違いは?

 

共通点もありましたが、違う点もあります。

 

考えることについて

 

ミニマリストは「いろいろ考える」ということをしますね。

 

時間をこう管理して、習慣づけをこうして、アウトプットをこうしていこう。

 

みたいな。

 

一方禅では中心となる「座禅」では考えることをしません。

 

座禅中は呼吸だけに集中して無になることが目標です。

 

ただ煩悩を取り払うための教えは、法話として引き継がれます。

 

実際そこで、人間関係であったり悩みに対しての対処法を、上位の和尚さんから聞いて学ぶので、結局は考えを引き継いで、時代にあったように自分の中でブラッシュアップはされていくんだと思います。

 

モノについて

 

ミニマリストはモノを厳選してお気に入りのモノを使います。

 

そのためお気に入りのモノにお金をかけたりします。

 

「ときめき」を感じるものを使うことに楽しみを感じていたり、厳選ってことをしていると思います。

 

一方禅では、お気に入りのモノを増やしたりはしません。

 

モノ自体への執着をなくすことが目的なので、当然ですよね。

 

ただ宝泉寺の和尚さんはApple WatchとiPadは使っていました(笑)

 

 

生活習慣について

ミニマリストは時間効率を重視する人が多いです。

 

そのため、ルンバを導入していたりする人もいます。

 

全自動の家電などをどんどん導入していきますよね。

 

外食にしたり、家で食べない人も多い。

 

 

一方、禅寺では掃除は作務という修行の一環です。

 

これはホウキや雑巾を使っての寺の掃除は、手で行うということに意味もあります。

 

畳や木などデリケートであり、歴史のある価値の高い法典や仏像などもあるので、機械では難しいというのもあるかもしれませんが。

 

まず人の手でやるということも大事なので、効率化は一定のところで止められるでしょうね。

 

 

でも逆にミニマリストの人でも掃除が好きな人もいますからね。

 

僕も修行後に日々行う掃除や洗濯についての意義も感じる様になりましたし。

 

 

ちなみに宝泉寺では乾燥機付きの洗濯機はありました。

洗濯モノをたたむ、しまうという作業はありましたが、干すという作業はありませんでした。

雨の日の効率を考えると理にかなってますよね。

 

でも時代によって変わっていくかもしれませんね。

 

まとめ

 

結局のところ、ミニマリストと禅とは、表裏一体だと思います。

 

禅の目的が悟りという「心の平穏」であれば、ミニマリストの目的はスッキリとした生活という「心の平穏」。

 

 

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ミニマリストはモノを減らすという方法で、スッキリした生活へ向かいます。

禅は集中するための環境として、物への執着から離れるため、自然と質素な部屋になります。

 

禅について興味があるので、今後も月に1,2回ほど座禅をしたいなあと思ってます。